》やられた。血が迸《ほとばし》って眼へ入る。
「野郎、また斬ったな」
「アッ、苦しい、お豊……お豊さあーん」
 向うが苦しがれば苦しがるほど、こっちが苦しい。
「ア痛ッ」
 鍛冶倉は眼へ血が入ったので、夢中になって、金蔵の首へかけた縄は放さずに小舎《こや》の外へ転がり出す。金蔵はそれに引っぱられて、
「ああ苦しい!」
 もう息の根が止まりそうである。断末魔《だんまつま》の勇気でまた斬りつけたのが鍛冶倉の肩先。
「あッ、また斬りやがった」
 鍛冶倉は外へのり出して、谷水の傍の岩角へ打倒れたが、起き直ってめくら探しに金蔵の傍へよる。
「野郎、飛んでもねえ、呑んでかかったのがこっちの落度《おちど》だ……覚えてろ、よくも俺を斬りやがったな」
 細引をもう一捲き、金蔵の首に捲いた時は、乳のあたりをまた深く一つ。
「あッ痛っ!」
 今度のはいちばん痛そうであったが、
「アッ苦しい!」
 金蔵の方も、これがいちばん苦しそうであった。この一言で双方の力がグッタリ尽きた。

 お豊はこの騒ぎで、もう前から気絶している、つづいて二人はこんなことをして息が絶えてしまった。それで小屋の中が森閑《ひっそり》した
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