しずく》が沢に落ちて、折々《おりおり》通う猪鹿の息つぎになる水を、谷底へ行けばどこかに見つけることができるものである。
七兵衛は、路のないこの山を一つ下りてみようとして、
「はて、誰かこの道を通ったものがあるらしいぞ」
下萌《したもえ》の中を見てこう言いながら下りて行きました。
七兵衛が下りて行った時分、この谷底では、ちょうどこの時、前のような有様でありました。
鍛冶倉がお豊の帯際に手をかけた時だけは、金蔵は怖《おそ》ろしさも恐《こわ》さも忘れてしまって、
「親方、どうしようというのだ」
前後の思慮もなく鍛冶倉に武者振《むしゃぶ》りつきました。
鍛冶倉はお豊を放《ほ》っておいて、そこに投げ出してあった細引《ほそびき》を拾い取ると片手に持って、金蔵を膝の下に組み敷く。
「親方、な、なにをするんだい」
金蔵とてもこのごろはかなりの悪党になっている。上から押えられながら、下から刎《は》ね返そうとする。
「この野郎」
鍛冶倉は縄を口でしごいて、処嫌《ところきら》わず金蔵を縛ろうとする。縛られまいとして、一生懸命の力は金蔵といえども侮《あなど》るべからず。
「な、何だい親方、そ
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