首を突っ込むようなものだ、七日|辛抱《しんぼう》しろ、そうすれば、やすやすと抜けられる」
「七日は永いなあ」
「ナニ、永いことがあるものか、手鍋さげても奥山ずまいという本文通りよ、結句《けっく》、山ん中が面白《おもしろ》可笑《おかし》くていいじゃねえか」
鍛冶倉の笑いぶりは人間並みの笑いぶりではない、生塚《しょうづか》の婆様を男にして擽《くすぐ》ってみたような笑い方をする。金蔵はその笑い方を見て、いまさらゾッとして、
「親方、お豊は俺の女房だな」
「ふーん」
鍛冶倉は鼻のさきで笑った。金蔵は眼の色を少し変えた。
「親方、俺はお豊をつれて国越えをしてみたい、これからすぐに」
金蔵は、今、鍛冶倉の笑い方を見てはじめて、お豊をここへ置くことが怖ろしくなったらしい。
「何だい、何を言うのだい金蔵」
どうも冥府《よみ》から響いて人を取って食いそうな声だ。
「親方、お前さんはここに隠れておいでなさい、わしはこれからお豊をつれて逃げます。ナニ、命がけで逃げますよ」
「やい、金蔵、物を言うには、よく考えて言えよ」
「何だ、親方」
「この野郎、いま俺のすることをよく見ていろ」
何をするかと思え
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