猟師さんが雉子《きじ》でも打ったんでございましょう」
 もとより七兵衛は何も知らない。もし間違いであって、拘《かかわ》り合いになっては面倒だから、いいかげんにあしらってサッサと歩き出すと、内山はよほど七兵衛を怪しい者と認めたらしく、
「待て待て」
「いや、急ぎますから、私共は急用の者でございますから」
「待てというに待たぬか」
 七兵衛は足が早い、それを弱味があって逃げ出すものと認めたらしく、内山は丹後守から預かって来た「引落し式」の拳銃を七兵衛のうしろから差向けて、威《おど》すつもりで切って放した弾丸《たま》が、七兵衛の右の頬のわきおよそ一尺ぐらいのところを風を切って通ります。
「何をなさいます」
 これには七兵衛も驚いた、いくら七兵衛が足が早いとても、鉄砲の玉にはかなわない。足をとどめて振返る途端《とたん》に左手の林の中へ飛び込みました。
 馬上の両人は弾丸に驚いた七兵衛が、立竦《たちすく》んでしまうだろうと予期していたところを、彼は驚くべき敏捷《びんしょう》さで林の中へ身を投げ込んでしまったから、
「おのれ、曲者《くせもの》!」
 二発、三発、例の拳銃を林の中へ打ち込んで、馬から
前へ 次へ
全115ページ中71ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング