いたい」
「ありがたき仕合せ」
 丹後守は兵馬をつれて邸内の道場へ来ると、今まで話が槍術《そうじゅつ》に亘《わた》ることをすら避けていたのに、ここで我から進んで身仕度《みじたく》をして襷《たすき》をかけ、稽古槍を取り下ろしました。さては見処《みどころ》があって、兵馬のために宝蔵院流の槍の秘術を示すためか知らん。

         十七

 話がまた少し戻って来ます。
 榛原《はいばら》の山道で薬屋源太郎が打たれた時、机竜之助はその鉄砲の音を聞いて駈けつけたが、七兵衛は早く兵馬に知らせたいことに急がれて、鉄砲の音には心を残して西峠まで走《は》せて来た時、そこで行逢ったのが駿馬《しゅんめ》に乗った二人の武士。
 この二人の武士もまた時ならぬ鉄砲の音に驚いて、
「さては」
と丹後守の言ったことを思い合せたところへ、ぶつかったのが七兵衛でした。どうもこういう場合に七兵衛の足どりが穏かでない。
「待て」
 すれ違いの時に、内山という若い方の武士が鋭く七兵衛を呼び留めました。
「へえ……私共でございますか」
「お前は、いま向うから来たようだが、あの鉄砲の音は何事だ」
「いっこう存じませぬ、大方、
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