とない遣い手である様子じゃ」
「そのことは心得ておりまする、憎むべき敵《かたき》なれども、剣を取っては甲源一刀流において並ぶものがござりませぬ」
「もとより貴殿とても、島田虎之助殿取立てのことなれば、抜かりもござるまいが、何を申すもまだお年若」
「左様にござりまする」
「ことに、あの太刀先が難剣じゃ。じっと青眼に構えて、ちっとも動かず、相手の出る頭《かしら》を待って打つという流儀と見受け申した」
「いかにも左様でござります、あれは関東の剣客が、名づけて『音無しの構え』と申し、かの竜之助が一流の遣い方でござりまする」
「そうでありましょう。さて、兵馬殿、失礼ながら、御身にはその音無しの構えとやらをどのようにあしらわれる、その工夫《くふう》は……」
「工夫とては更にござりませぬ、ただこの太刀先に柄《つか》も拳《こぶし》も我が身も魂も打込めて、彼が骨髄《こつずい》を突き貫《ぬ》く覚悟でござります」
 丹後守はその一言を限りなく喜んで、
「それでなくてはいかぬ、それならば必ず討てましょう。よし相討ちになるまでも、我の受ける傷より、敵に負《お》わす傷が深い……時に兵馬殿、わしが家の道場を見てもら
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