さ》に頷《うなず》く時、兵馬の眼は燃ゆる。
十六
「ああ、惜しいことをした、貴殿のおいでが三日早ければ……」
丹後守は、兵馬から机竜之助の身の上と、兄が遺恨《いこん》のあらましを聞いて、兵馬の来ることの遅いのをくやんだが、
「どうも、あの宇陀《うだ》の山を南に吉野山中に迷い込みはせぬかと思われる。ただいま人をかけて行方《ゆくえ》を捜索中であるが、もしあの山中へ迷い込んだことなら、容易に見つからぬ」
兵馬は、ひとたびは力を得、ひとたびは失望し、さてこの上は自分も吉野郡の山中へ踏み込んでどこまでも行方を探すばかりだと覚悟を決めました。
こう覚悟をきめてみると、ここに悠々としている必要はない、例の宝蔵院の槍のことも、この場合、強《た》っての所望《しょもう》でもないのですから。
「よき手がかりを得て、かたじけのう存じまする。早速に拙者は仇《かたき》のあとを追うて、吉野の方へ参ることに致しまする」
「それもよろしゅうござる、お留めは致さぬが、しかし兵馬どの、拙者の見受け申すところでは、その机竜之助とやらは稀代《きだい》の遣《つか》い手《て》である、ほとんど今の世に幾人
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