か。当今、宝蔵院の槍は伊賀の名張に下石《おろし》と申すのがござる、これがよく流儀の統《すじ》をわきまえておられるはず、あちらへお越しの時に立ち寄って御覧《ごろう》じろ」
丹後守は、再び槍の話はさせないよう、しないように言葉を避けるから兵馬も、このうえ押すことはできなくなって憮然《ぶぜん》としていると、
「さいぜんおっしゃった甲源一刀流のこと、ついこの間も、その流儀から出でたものらしい、これも珍らしいお人が見えた」
「甲源一刀流の?」
兵馬は、そう聞いて少し気色《けしき》ばむ。関西においては甲源一刀流を学んだものがないことはないけれども、その流名を聞くことは甚だ稀れである。その流名を兵馬が聞けば、屹《きっ》と思い当ることがある。
「そのお人と申すのは、如何様《いかよう》の人にござりしや、少々思い当ることもあれば」
「その構えが無類じゃ、じっと竹内《しない》を青眼にとって、ただそのままの形……」
「さては――」
兵馬は我知らず膝を進めて、
「年の頃は?」
「三十三四でもあろうか」
「顔色青白く、眼は長く切れて、白い光を帯びた人ではありませぬか」
「その通り」
丹後守の無造作《むぞう
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