れば、敵呼《かたきよ》ばわりは致しますまい」
七兵衛は笠をとりながら、
「兵馬様は、ただいま八木の宿《しゅく》におられまする、これより八木の宿までは八里もござりましょう、私は一時《いっとき》が間に、そこまで御注進《ごちゅうしん》に上りまするほどに、あなた様にも武士の道を御存じならば、それまでこれにお控え願いたい。引返してお立合い下さるならば、八木、桜井、初瀬の河原、あのあたりで程よき場所を定めて、晴れの勝負を願いたいものでございます」
七兵衛はジリジリと押しつめるように竜之助に返答を促《うなが》したが、竜之助は取合わず、
「勝手にせよ」
腮《あご》で馬子に差図《さしず》して静かに馬を打たせようとする。
「お逃げなさるは卑怯《ひきょう》ではござりませぬか」
七兵衛がやや冷笑を含んで言い放つと、竜之助は、
「机竜之助は逃げも隠れもせぬ、これより伊勢路へ出て、東海道を下る。宇津木兵馬とやらにそう申せ、敵《かたき》に会いたくば、あとを慕うて東海道を下って参るように。追いついたところでいつなりとも望みのままの勝負」
七兵衛がなお何をか言わんとする時、林の中のどこからともなく轟然《ごうぜ
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