「はい」
「拙者に何の用」
「その御用と申しますのは、あなた様のお生命《いのち》を……」
「生命を……」
 ここに至って竜之助は冷笑した。
「お驚きでもございましょうが、あなた様のお生命が欲しいばかりにこの年月、苦労を致している者があるのでござりまする。四年以前に御岳の山で、あなた様のために非業《ひごう》の最期《さいご》をお遂げなされし宇津木文之丞様の恨みをお忘れはござりますまい」
「文之丞の恨み……」
「その恨みを晴らさんがため、文之丞様の弟御の兵馬様、あなたを覘うて、この大和の国におりまする。ここで私共があなた様をお見かけ申したが運のつき、どうか、兵馬様と尋常の勝負をなすって上げてくださいまし、お願いでございます」
「尋常の勝負?」
 竜之助は苦笑《にがわら》いして、
「その兵馬とやらはいくつになる」
「ことし十七でございます」
「勝負はいつでも辞退はせぬ故、まず当分は腕を磨くがよかろうとそう申してくれ」
 十七の小腕《こうで》を以て、我に尋常の勝負を望むとは殊勝《しゅしょう》に似て小癪《こしゃく》である。
「いやいや、勝負は時の運と申します。兵馬様とて、まんざらの腕に覚えがなけ
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