とを取って易《えき》を立ててみました。そうして、
「内山殿、内山殿」
 二声ばかり呼んでみました。
「はい」
 いつぞや、竜之助を玄関に迎えたところの青年でありました。
「あのな、甚だ御苦労だが、貴所と、それからモ一人、高江氏を煩《わずら》わしたらばと思うが、ちょと近い所まで行ってもらいたいのじゃ」
「承知致しました。いずれへ」
「初瀬の町から西峠の方へ急いでもらいたい、馬で飛ばしてみてもらいたいのだが」
「心得ました。して御用向は?」
「どうも、さいぜん送り出した、あの吉田氏と薬屋の者、あれがどうも気がかりじゃ、たしかまだ西峠へかかるまい、せめて、あの原を越えるまで、御両所でお送りが願いたい」
「心得ました」
「いや、まだ、お待ち下さい」
 丹後守は、急いで立とうとする青年を再び呼びとめて、
「少々お待ちなさい、貴殿は鉄砲が打てましたな」
「はい、少しは」
「どうか、これを持参して下さい」
 丹後守は戸棚の中から桐の箱を取り出して、打懸《うちか》けた紐《ひも》をとくと、手に取り上げたのは一挺の拳銃《ピストル》であります。
 この時分、拳銃はあまり見たことがないのであります。しかも今、
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