人が眼を円くして、
「大先生、まあ、どうして御存じでございます、まだどこへも沙汰をしませんに」
「そうか、それは男の子であろうな」
「左様でございます、どうして、それがおわかりになりました」
「そんな夢を見た、なんにせよ、めでたいことだ」
といって立去ってしまったことがある。
また或る時、借金のために財産をなくしかけて、首を縊《くく》ろうか、身を投げようかと思案しながら道を歩いている町の人に出遭《でっくわ》したことがある。
「杢右衛門《もくえもん》、お前は何を心配している」
「へえ……」
「お前の後ろには死神《しにがみ》がついているぞ」
「ええ?」
男は慄《ふる》え上がって後ろをふり向くと、丹後守は笑いながら、
「もう少し前へ出ると金神《こんじん》が待っている」
丹後守はこの男のために借金と死神を払ってやったことがあります。こんなことは丹後守にあっては珍らしいことではなく、雨が降ること、風の吹くこと、火事のあることなども前以て、よく言い当てたものです。
竜之助一行を送り出しておいて、しきりに胸さわぎがしたので、読みかけた本をふせて、丹後守は座右の筮竹《ぜいちく》と算木《さんぎ》
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