うな、逞《たくま》しいような、妙に気の置けるお方じゃ」
「それも、お家にお子供さんがいらっしゃるし、奥様もおなくなりなすったそうですから、それやこれやの御心配からでござりましょう」
「そんなことかも知れぬ。しかしまあ道中も、あのお方がおいでなさるので安心じゃ。時にあの馬鹿者の金蔵……ああいう執拗《しつこ》い奴もないものだが、あんなのがゆくゆくは胡麻《ごま》の蠅《はい》、追剥、盗人、そんなことに落ちるのだ、心柄《こころがら》とはいえ、気の毒なものだ」
お豊はなんとも言わないで、また後ろをふり返ったが、竜之助の姿はまだ見えない。
「叱《し》ッ――まだまだ」
林の茂みに覘《ねら》いをつけていた金蔵は、このとき赫《かっ》としてあわや火蓋《ひぶた》を切ろうとしたのを、あわてて、傍に見ていた鍛冶倉《かじくら》が押えたのは、時機まだ早しと見たのであろう。
この日の朝、三輪の里なる植田丹後守は、しきりに胸《むな》さわぎがします。
丹後守という人は妙な人で、時々前以て物を言い当てることがあります。
「お前の家へ昨夜、子供が産まれはせぬか」
ある時、或る家の前へ立ってこう言うた時、その家の主
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