えた惣太とは違います。惣太は飲んだくれであったけれど、これほどの悪い度胸はない。
これは針《はり》ヶ別所《べっしょ》というところに住んでいて、表面は猟師、内実は追剥《おいはぎ》を働いていた「鍛冶倉《かじくら》」という綽名《あだな》の悪党であります。
金蔵が、この鍛冶倉の乾分《こぶん》となったのにも相当の筋道《すじみち》があるけれどそれは省く。
「お豊、いいあんばいに、お天気じゃ、今夜は内牧《うちまき》泊《どま》りとして、それまでに夕立でも出なければ何よりじゃ。おお、吉田様が見えない、どうなさった」
薬屋源太郎は、あとをふり返って囁《ささや》くと、お豊は、
「どうなさいましたでしょう」
「馬の草鞋《わらじ》でも解けたのであろう。馬子《まご》さん、少し静かに歩かせておくれ」
馬を静かに歩かせて、
「あのお武家は、えらく武芸がお出来なさるとお陣屋の先生が賞《ほ》めていました」
「そうでございます、お陣屋へ修行者が参りましても、手に立つ者はなかったと、皆のお方も申しておりました」
「けれども、口を利きなさるのが、なんだかサッパリし過ぎて、そのくせ、いつでも沈んで、なんだか気味の悪いよ
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