る》いをはじめました。人相の悪いのは平気なもので、
「いいかい、金蔵、よく度胸を落着けろ、それ、前の奴が親爺《おやじ》で、後のが女だ、オヤオヤ、武士《さむらい》の見えぬのはおかしいぞ、とにかく、前の親爺をドンと一つ、いいか、あとはおれが引受ける」
 申すまでもなく、二人が覘《ねら》う当《とう》の的先《まとさき》を通りかかる前のは薬屋源太郎で、後のはお豊であります。
 机竜之助は、どうしたか、まだ姿を見せない。そうだ、さっき通りかかった、あの足の早い旅人と行違いになって、何か間違いでも出来はしないか。

 まるきり執念《しゅうねん》のない者と、どこまでも執念の深い者は、どちらも始末に困ります。
 金蔵の執念は、とうとうここまで来てしまった。慄えながら鉄砲の覘いをつけているところを見ればおかしくもあるが、面《かお》の色を真蒼《まっさお》にして命がけの念力を現わしているところを見れば、すさまじくもあります。
「モット落着いて……馬の腹を覘え、馬の腹と人の太股《ふともも》を打ち貫《ぬ》く気組みで……まだまだ、ズット近くへ来た時でいい」
 傍で力をつけている人相の悪い猟師は、最初に金蔵に鉄砲を教
前へ 次へ
全115ページ中48ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング