や、あの初瀬河原《はつせがわら》で盗人が斬られて曝《さら》されたことがある。俺は面白半分に見て来てたが、斬られたあとの首から、ドクドクと血が湧き返るのを見てから当分飯がまずかった、俺も明日はあんなになるのだ――ああどうしよう、どうしよう。
 無知な者は、罪を犯《おか》す時まではそんなに大それたことと思わないでいて、犯した時に至って初めて、その罪の大きかったのに仰天《ぎょうてん》する。金蔵は、いちずに何をか怨《うら》み恨《うら》んで鉄砲を習い出したが、今が今、その企《くわだ》ての怖《おそ》ろしさに我と慄えてしまったのです。
「どうしよう、どうしよう」
 そこで一人で踊り廻っているのでしたが、こういう人間は、いいかげん怖れてしまうと、あとは自暴《やけ》になります。
「どうなるものか、お豊を隠したのは、あの丹後守だ、おれの鉄砲を知っているのも、あの丹後守だ、みんなやっつけちまえ、どのみち、おれの命はないものだ」
 金蔵は横飛びに飛んで自分の家へ馳《は》せ帰りましたが、その晩のうちに親爺《おやじ》の金を一風呂敷と、自分が秘蔵の鉄砲を一挺持って、どことも知れず逃げ出してしまいました。
 翌朝にな
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