下に置いて、鑿《のみ》のようなもので、しきりに杉の根方《ねかた》を突っついていました。いいかげんに突っついてみてから、その徳利を穴へあてがってみて、また突っつき直します。杉の根方は、盤屈《ばんくつ》して或いは蛇のように走り、或いは蟇《がま》のような穴になっている、その間を程よくとり拡げて、徳利を納めるために他目《わきめ》もふらず突っついていましたが、ふいと、また一つの物影が、地蔵堂の方からゆっくりと歩んで来て、この「おだまき杉」近くまでやって来たのにも気がつかないようです。このゆっくりと歩んで来たというのは、誰であるか直ぐにわかる。それは、寝る前に必ずひとたびは、明神の境内をめぐって歩く植田丹後守であります。
 丹後守は、いま「おだまき杉」の近くへ来て、ふと、根方を突っついている忍びの人影を見つけたので歩みを止めて、何者が何をするかと、しばらく闇の中から、立って見ていました。
 丹後守の歩き方は、まことに静かで、草履《ぞうり》をふんで歩く時は、歩く時も、止まる時も、さして変りのないほどでしたから、根方の人は少しも気がつきません。
 しばらく見ていたが、つかつかと丹後守は近寄って、
「金
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