ります。さてはこの人も自分と同じく、つれなき世上の波に揉《も》まれ行く身であるよ。
「それはまあ、おかわいそうに。そのお子さんはさぞ会いたくていらっしゃるでしょうに」
「左様、年のゆかない子供の身の上というものは、どこにいても思いやられるでな」
「左様でございますとも。せめてお母さんでもおありなさることならば、いくらか御心配も薄うございましょうが、お一人だけでは……」
「ナニ、親はなくとも子は育つというから、まあ深くは心配せぬけれども、道を歩いても、その年ぐらいの子供を見かけると、ついどうも思い出される、ハハ」
 竜之助は淋しく笑う。
「ほんとに御心配でございましょう。そのお子さんはおいくつ……男のお子さんでございますか」
「数え年で四つ、左様、男の子じゃ」
「お母さんもさだめて、草葉《くさば》の蔭とやらで、お心残りでございましょう。御病気でおなくなりになったのでございますか」
「病気ではない、自分の我儘《わがまま》から死んだのじゃ」
「我儘から……」
 お豊は竜之助の荒切《あらぎ》りにして投げ出すような返答で、取りつき場のないように、言いかけた言葉を噤《つぐ》んでいると、
「いや、そ
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