名になったのはその後であると――かの万葉に謡《うた》われし、
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うま酒を三輪の祝《はふり》のいはふ杉
てふりし罪か君にあひがたき
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とある――また古事記の祭神の子が活玉依姫《いくたまよりひめ》に通《かよ》ったとある――甘美にして古雅な味が古くから湛《たた》えられているということは、三輪のうま酒の誇りであった。
竜之助は、そんな考えで飲んでいるのではない、舌ざわりの、とろりとして、含んでいるうちに珠玉《たま》の溶けてゆくような気持を喜んで、一杯、一杯と傾けている――蚊遣火《かやりび》の烟《けむり》が前栽《せんざい》から横に靡《なび》き、縦に上るのを、じっと見ている様子は、なんのことはない、蚊遣火を肴《さかな》にしているようなものです。
「誰か湯に入っているな、お早どのかな」
湯殿で湯の音がする。廊下をずっと突き当ると、鍵《かぎ》の手《て》に廻ったところに物置と背中合せに湯殿がある、それは女たちの入る湯殿である。いつも、こんな時には留守居役の老女中、お早婆さんが、居睡《いねむ》り半分、仕舞湯《しまいゆ》に浸《つか》っているはずである。
「
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