御陣屋の居候《いそうろう》じゃ、それとお前は、ここで出会うて不義をしていたな」
「まあ――何を」
「そうじゃ、そうじゃ、それに違いない、お前は浪人者と不義をして神杉を汚《けが》したと、わたしはこれから触れて歩く」
金蔵はわざと大きな声で呼び立てます。お豊は力いっぱい振り切って逃げ出すと、追いかけもしないで金蔵は、
「覚えていろ」
九
「お豊や」
伯父に当る薬屋源太郎は、お豊を自分の前へ呼び寄せて、
「困ったことが出来たで。お前も承知だろう、あの藍玉屋の金蔵という遊蕩息子《どうらくむすこ》じゃ」
「はい」
金蔵に弱らせられているのは、お豊ばかりではなく、伯父夫婦も、あの執念深《しゅうねんぶか》い馬鹿息子には困り切っているのであります。
「このごろは、まるで気狂いの沙汰じゃ、なんでもひどくわしを恨んで、ここの家へ火をつけるとか言うているそうじゃ」
「まあ、火をつける――どうも伯父様、わたしゆえに重ね重ね御心配をかけまして、なんとも申し上げようがござりませぬ」
「ナニ、心配することはない、たかの知れた馬鹿息子の言い草じゃ。しかし、ああいうやつが逆上《のぼせあが》る
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