のくらい罪なものはございませんな」
ちょっと覗《のぞ》きに来たつもりで、うかうかと立見《たちみ》をしてしまった隣の宿屋の番頭も、つり込まれて慷慨《こうがい》の体《てい》。
「左様《さよう》、全く罪なことでござるよ、あんなのはいっそ助けない方がようござるな、添うに添われず、生きるに生きられず、現世《このよ》で叶《かな》わぬ恋を未来で遂げようというのじゃ、それを一方を殺し一方を助けるなんぞ冥利《みょうり》に尽きたわけさ」
眼鏡の隠居は慨歎する。
「でもね――女に廃《すた》りものはないからねえ」
藍玉屋の息子のねむそうな声が一座を笑わせる。
ここに問題となった女は、机竜之助が鈴鹿峠《すずかとうげ》の麓、伊勢の国|関《せき》の宿《しゅく》で会い、それから近江の国大津へ来て、竜之助の隣の室で心中の相談をきめ、その夜のうちに琵琶湖へ身を投げて死んだはずのお豊――すなわちお浜に似た女であります。
一人は死に、一人は残る。そうしていま女は親戚《しんせき》に当るこの三輪の町の薬屋(薬屋といっても売薬屋ではない、旅籠屋《はたごや》である)源太郎の家へ預けられている。
二
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