などの休みたがる、構えの大きいわりに、燻《くす》ぶった、軒には菱形《ひしがた》の煙草の看板がつるされ、一枚立てきられた腰高障子には大きな蝋燭《ろうそく》の絵がある茶店の中に、将棋《しょうぎ》を差していた閑人《ひまじん》どもであります。
「あれかよ、あれかよ」
「あれだ、あれだ」
 碁将棋を打つ閑人以上の閑人は、それを見物しているやつであります。岡眼《おかめ》をしていた閑人以上の閑人が、今ふと薬屋の路地を入って行った女の姿を認めた時は、一局の勝負がついた時であったから、こんな場合には髷《まげ》の刷毛先《はけさき》の曲ったのまでが問題になる。
「噂《うわさ》には聞いたが、姿を拝んだのは今日が初めてだ、なるほど」
「惜しいものだね――」
 藍玉屋《あいだまや》の息子で金蔵という不良少年は、締りのない口元から、惜しいものだね――と、ね――に余音《よいん》を持たせて、女の入って行ったあとを飽かずに見ていたが、
「全く、あのままこの山の中に埋めておくは惜しいものでございますなあ」
 図抜《ずぬ》けて大きな眼鏡をかけた材木屋の隠居も、どうやら残り惜しい顔をしている。
「全く罪ですな、およそ世の中にあ
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