霊が宿る云々《うんぬん》。
三諸山《みもろやま》から吹いて来る朝風の涼しさに、勅使殿や切掛杉《きりかけすぎ》にたかっていた鳩《はと》は、濡《しめ》っぽい羽ばたきの音をして、悠々と日当りのよい拝殿の庭へ下りて来て、庭に遊んでいた鶏の群に交《まじ》る。
「お早うございます」
豆を売る婆《ばあ》さんは、もう店を出して、お豊の来たのに向うから挨拶《あいさつ》をします。
「お早うございます」
お豊も返事をして、いつもの通り、豆を買って鳩に蒔《ま》いてやります。鳩が豆皿を持ったお豊の手首や肩先に飛び上って、友達気取りに振舞《ふるま》うのも可愛らしい。鶏が遠くから居候《いそうろう》ぶりに出て来て豆を拾う姿も罪がない。
お豊の面《かお》に、いささかの頬笑《ほおえ》みの影が浮ぶのであります。
拝殿の前から三輪の御山を拝む。
御山は春日《かすが》の三笠山と同じような山一つ、樹木がこんもりとして、朝の巒気《らんき》が神々《こうごう》しく立ちこめております。
若い女の人で三輪大明神を拝みに来る人は、たいてい帰りに、楼門の右の脇《わき》の「門杉《かどすぎ》」に願《がん》をかけて行く。
三輪の七杉
前へ
次へ
全115ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング