、こんな病気になるのもほんとに無理がありませんよ」
「困ったものだ――」
子に甘い親二人は、わが子には少しも非難の言葉を出さず、なにか、やっぱり人を怨《うら》んでいるようである。
これはたあいもないことです。金蔵はお豊を見染めて、それを嫁に貰ってくれねば生きてはいないと、親たちに拗《す》ねて見せる――そうして親をさんざんに骨を折らせたが、思うようにいかない。今夜も、そっと垣根を越えて、お豊のいる離れ座敷まで忍んで行こうとしたところを、竜之助に引き落されて投げられた。
まことにばかげた話であるけれど、世に怖《おそ》るべきは賢明な人の優良な計画だけではない、執念《しゅうねん》の一つは賢愚不肖《けんぐふしょう》となく、こじれると悪い業《わざ》をします。
六
お豊は、月のうち三度は三輪の神杉《かみすぎ》を拝みに行く。
三輪の大明神には、鳥居と楼門と拝殿だけあって本社というものがない。古典学者に言わせると、万葉集には「神社」と書いて「モリ」と読ませる。建築術のなかった昔にも神道はあった、樹を植えて神を祀《まつ》ったのがすなわち神社である――この故に三輪の神杉には神
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