ために蛙を叩きつけられたような目に会い、幸い泥田であったとはいえ、手練《しゅれん》の人に如法《にょほう》に投げられたのですから体《たい》の当りが手強《てごわ》い。
 痛みと、怒りと、口惜しさで、その夜中から金蔵は歯噛《はが》みをなして唸《うな》り立てます。
「覚えてやがれ、このごろ来た御陣屋の痩浪人《やせろうにん》に違いない」
 金蔵の親爺の金六と女房のお民とは非常な子煩悩《こぼんのう》でありました。一人子の病み出したのを気にして枕許《まくらもと》につききり、医者よ薬よと騒いでいましたが、今ようやく寝静まった我が子の面《かお》を、三つ児の寝息でも窺《うかが》うように覗《のぞ》きながら、
「ねえ、あなた、今ではこの子も自暴《やけ》になっているのでございますよ」
「そうだ、そうに違いない。それにしても、あの薬屋の奴は情を知らぬ奴だ」
「ほんとにそうでございますよ、あんな心中の片割れ者なんぞ、誰が見向きもするものか、この子が好いたらしいというからこそ、人を頼んだり、直接《じか》にかけ合ったり、下手《したで》に出ればいい気になって勿体《もったい》をつけてさ、それがためにこの子が焦《じ》れ出して
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