ところまで来た。そうして、月影のさすところの行手に二つの人影を認めた。
男と女、どちらも若い。
そして、どちらも泣いているようだ。日の光のさすところでは会えない連中が、月影に忍んで泣き明かすのである、無下《むげ》に驚かすにも当るまい。さりとて、そこを通らず露の竹藪を横切るのは考えものだ。
「金蔵さん……」
泣き伏していたような女が面を上げる。ああ、その声は……竜之助は、立ってしまった。幸い、そこに地蔵堂の蔭がある。
「お豊さん」
若い男の声、これも聞いたことのあるような声。
「金蔵さん……わたしは覚悟をしました」
女は覚悟をしましたと言う。覚悟とは何をいう。
竜之助は、この女あるが故に、大和に舞い戻ったのではないか。
若い男は、
「お豊さん、覚悟とは何だい」
「金蔵さん、わたしは、もう諦《あきら》めてしまいました、わたしの身は、お前さんに任せてしまいます」
「ナニ、わしに任せる……それは真実《ほんとう》か、お前は、わしと一緒に逃げてくれるか……」
歓《よろこ》ばしさに若い男の萎《しお》れた五体は跳《は》ね起きて、女の肩へ手をかけて、
「よく言ってくれた、それは嘘《うそ》
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