ちにわしが役人につかまったらどうします。どうか、お前さん、わしと一緒に逃げて下さいよう」
「そんなことをおっしゃっては困ります」
「そんなら、お豊さん、どのみち捨てる命だから、わしは死ぬ、死ぬけれども、一人では死なないよ、ああ、一人では死ねないのだよ、お豊さん」
「どうも困りました」
「困ることはありやしない、お前さんが、わしの心を汲みわけてさえくれたなら、わしの命も助かる――お豊さん、わしは、お前のからだに指一本だって指しやしないよ、ねえ、お豊さん、いいかえ」
「金蔵さん、そんなことはできません」
「できない?」
「エエ、少し都合があって、お前さんと一緒に逃げることはできません」
「ほんとにできない? できない? そんなら」
 ここに至って金蔵は懐中から短刀を一本取り出します。
「お豊さん、では、お前を殺して死ぬよ、無理心中だよ」
 金蔵は悪党に返った。
「金蔵さん、殺して下さい」
 意外にもお豊は驚かなかった。
「ここでお前に殺されたとて、誰もわたしが、金蔵さんと心中したと思うものはありますまい、どうせ、わたしも罪の尽きない身体《からだ》ですから、お前さんに殺されて上げましょう、さ
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