父さんを鉄砲で撃ったけれども、それはちっとも悪気《わるぎ》があってやったわけではなし、お前さんを欲しいばかりでしたことなのだよ。仕合せに傷も今ではすっかり直ったそうだし、鍛冶倉の野郎は殺した方が人助けなんですからね、国越しをしてしまえば、もうそんなに役人に睨《にら》まれることはないのですよ。紀州の竜神へ行って温泉宿をやり、わしが亭主になって、お前がお内儀《かみ》さんになって、所帯《しょたい》を持とうではないか、ね、そうして下さい、お豊さん」
金蔵は、ねんごろに、首《こうべ》をさげ手をつかんばかりにしてお豊の前に願うている。
「けれどもねえ、金蔵さん、お前のお心はほんとうに有難いと思うけれども……」
「ウム、やっぱりいけないのかいお豊さん、どうしても、お前はわしの言うことを汲《く》みわけてくれないのかい」
「お前さんの心は、よくわかっているけれども……」
「心だけでは駄目だよ、お豊さんが、わしの言う通りになってくれなければ、わしはどのみち無い命だからね……」
「金蔵さん、どうか短気なことをしないで辛抱《しんぼう》して下さいよ、そのうちにはねえ……」
「そのうちにはといって、お前、そのう
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