じめて会って見ると、父なる弾正の面影《おもかげ》を偲《しの》ばずにはいられなかった。なんとなく威光のある、そうして懐《なつか》しい人柄《ひとがら》だと、荒《すさ》びきった机竜之助の心にも情けの露が宿る。
「これは仕合《しあわ》せなことじゃ、どうか暫らくこの道場を預かっていただきたい」
丹後守は、道場へ出て竜之助の試合ぶりを見てこう言うた――この道場にはべつだん誰といって師範者はないけれど、丹後守の邸には、召使のほかに、いつも五人十人の食客《しょっかく》がいる。多くは浪人者で、そのほか、国々や近在から、武芸修行者が絶えず集まって参ります。
五
見も知らぬ浮浪人を、快く家に通すさえあるに、その技倆を信じて、己《おの》が道場を任せて疑わぬ丹後守の度量には、机竜之助ほどの僻《ねじ》けた男も、そぞろ有難涙《ありがたなみだ》に暮れるのであります。竜之助は再びここで竹刀《しない》をとって、人を教える身となります。何から言うても、よくもとの身の上に似ている、丹後守を父として見る時に、竜之助には更に強く強く親の慈悲というものがわかってくるのであります。いかに物事に不自由がなくて
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