丹後守が取り上げた拳銃は、全く類の見えなかった洋式のものであります。内山は、先生が妙なものを持っていると怪訝《けげん》な面《かお》に、その拳銃を見つめます。内山が不思議がるのもその道理で、これは「引落し式」と名づけられた前装の六連発であります。これと同じ品が嘉永六年、ペルリ来朝の時、武具|奉行《ぶぎょう》の細倉謙左衛門に贈られたことがある。鉄砲がはじめて日本へ来たのは、天文十二年(或いはその以前)ということであるが、拳銃が日本へ来たのは、この時がその最初でありました。
今、丹後守が取り出したのは、まさにそれと同じ型のものであります。
どうして丹後守が、そんなものをいつのまに手に入れたか、それさえ不思議でありましたが、丹後守という人は、春日《かすが》の太占《ふとまに》を調べるかたわらには阿蘭陀《オランダ》の本を読み、いま易筮《えきぜい》を終って次に舶来《はくらい》の拳銃を取り出すという人であります。
それで、右の拳銃を右手に取り上げて眼先へ伸ばし、
「内山殿、その簾《すだれ》を捲き上げていただきたい」
「心得ました」
簾を上げると庭である。
「あの植木鉢をひとつ、打ってみましょう」
花壇の隅に伏せられた素焼《すやき》の植木鉢に覘《ねら》いをつけたのでありましたが、轟然《ごうぜん》たる響きと共に鉢は粉《こ》に砕けます。
「いざ、これを持っておいで下さい」
内山は、呆気《あっけ》にとられながら、丹後守の渡す拳銃を受取って見ると、筒先は六弁に開いて、蓮《はす》の実《み》のように六つの穴があります。
「その一発はいま撃ってしまいました、あとの五発、続けざまに撃てるようになっている」
「はあ」
内山は、それを調べて二三度、構えてみましたが、
「しからば――」
と言って立つと、
「あの、まだ奥に文四郎流の火縄《ひなわ》があります、高江殿にはあれを持っておいでなさるように」
「心得ました」
なんにしても大業《おおぎょう》なこと、わずか二三の人を送るに駿馬《しゅんめ》に乗り、飛び道具を用意するとは。
かの足の早い旅人は、西峠を越えて来る机竜之助の馬を避けて通す途端《とたん》に馬上の人を見上げたのであります。
竜之助も、ふいと笠越しに見下ろすと、
「や!」
旅の人は、覚えず足を踏みしめたようでしたが、竜之助は別になんとも思わず、そのまま馬を進めようとすると、
「モシ、お武家様」
旅の人は、引き戻すように手をあげて呼び止めます。
「何御用か」
「あなた様は、もしや――武州沢井の若先生ではござりませぬか」
「ナニ、沢井の――」
竜之助はこの時、馬をとどめさせて、この旅の人を見据えて見ると、年の頃は五十に近かろう、百姓|体《てい》の男で、どうも見たような男ではあるが、急には思い出せない。
右の男は、被《かぶ》っていた笠の紐を解きかけながら、
「間違いましたら御免下さいまし、あなた様は沢井の机弾正様の若先生、あの竜之助様ではございませぬかな」
不思議な旅の男の言い分を、じっと聞いて、
「いかにも――拙者はその机竜之助」
これを聞いて旅の男は、
「左様でございましたか、それで安心致しました。私共、あの青梅在、裏宿の七兵衛と申す百姓でございます」
「青梅の――七兵衛?」
万年橋の上で、抜打ちにその腰を斬って逃げられたことがある。その盗賊がこの七兵衛であることは、斬られた七兵衛はよく知っているが、斬った竜之助はそれを知らない。
「どこへ行くのだ」
「いや、どこへでもございませぬ、あなた様をたずねて、これへ参りました」
「ナニ、拙者をたずねて?」
「はい」
「拙者に何の用」
「その御用と申しますのは、あなた様のお生命《いのち》を……」
「生命を……」
ここに至って竜之助は冷笑した。
「お驚きでもございましょうが、あなた様のお生命が欲しいばかりにこの年月、苦労を致している者があるのでござりまする。四年以前に御岳の山で、あなた様のために非業《ひごう》の最期《さいご》をお遂げなされし宇津木文之丞様の恨みをお忘れはござりますまい」
「文之丞の恨み……」
「その恨みを晴らさんがため、文之丞様の弟御の兵馬様、あなたを覘うて、この大和の国におりまする。ここで私共があなた様をお見かけ申したが運のつき、どうか、兵馬様と尋常の勝負をなすって上げてくださいまし、お願いでございます」
「尋常の勝負?」
竜之助は苦笑《にがわら》いして、
「その兵馬とやらはいくつになる」
「ことし十七でございます」
「勝負はいつでも辞退はせぬ故、まず当分は腕を磨くがよかろうとそう申してくれ」
十七の小腕《こうで》を以て、我に尋常の勝負を望むとは殊勝《しゅしょう》に似て小癪《こしゃく》である。
「いやいや、勝負は時の運と申します。兵馬様とて、まんざらの腕に覚えがなけ
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