藩でござるな」
「浪人者でござる」
「して、いずれの藩の御浪人」
「生れついての浪人でござる」
「生れついての浪人――」
壮士は、鼻の先に少しく冷笑を浮べて、
「武芸修行でござるかの」
「左様でござる」
「武芸は剣道か、槍術《そうじゅつ》か……ただしは」
「剣道でござる」
「剣道は何の流儀を究《きわ》めなさるな」
壮士は突込んで竜之助に問いかけるので、竜之助はこれをうるさがります。
「貴殿の御流儀から承わりたい」
「いかにも。拙者はまず自源流を学び申した」
「自源流?」
「関東にはお聞き及びもござるまいが、薩州伊王ヶ滝の自源坊より瀬戸口|備前守《びぜんのかみ》が精妙を伝えし誉れの太刀筋《たちすじ》」
「いや、かねてより承知してござる」
剣道の話のみは、竜之助の気をそそる唯一《ゆいつ》のものです。
「して、貴殿は鹿児島の御藩でござるか」
「いかにも。以前は島津の家中、今は天下の素浪人《すろうにん》」
「左様でこざるか。薩州は聞ゆる武勇の国、高名のお話なども多いことでござろう」
「薩摩武士《さつまぶし》の高名が知りたくば――」
ハッと思うまに、密着《くっつ》いていた二人の身《からだ》が枯野の中に横へ飛び退《の》いて、離るることまさに三間です。
四
飛び退いた時に、双方ともに刀の柄《つか》に手がかかって、そして何も言わず、睨み合いです。刀は共に未《いま》だ抜かず。竜之助は、この大胆なる壮士の挙動をものものしと思った。この俺を、大菩薩の頂《いただき》で老巡礼に遭《あ》わせたと同じ運命に逢わそうとは片腹痛い。
蒼白い皮膚の色に真珠のような光を見せて、切れの長い眼は、すーっと一文字に冴《さ》える。人を斬らんずる時の竜之助の表情はいつもこれです。
「薩州|鍛冶《かじ》の焼刃《やきば》をお目にかけようか」
壮士は、大の眼で竜之助を睨めながら、かの四尺もあらん刀の柄を丁《ちょう》と打つ。
「篤《とく》と拝見致そう」
まだ双方ともに抜かなかった。
「待て、待て、ちと歯ごたえのある勝負がしてみたいわ」
かの壮士は竜之助の気勢を見てかえって喜んだ。腕に覚えがあればこそ、刀の抜きばえのある相手と見込んだものでしょう。
「ゆっくりと果《はた》し合《あ》い――それは至極《しごく》面白そうだ」
竜之助は、微笑を以て言下に果し合いの申込みを引受けて、その微笑の余沫《とばしり》を冷やかに壮士の面《かお》に投げる。壮士も剛胆なもので、従容自若《しょうようじじゃく》として懐中から紙を取り出して、
「後日のために一札《いっさつ》を立て置きたい、筆はないか」
竜之助は黙って、矢立を出して壮士に授けます。筆の尖《さき》を口で噛んで、壮士は紙に大きく書き出したのは、
[#ここから4字下げ、罫囲み]
仲裁無用
果し合い
[#ここで字下げ、罫囲み終わり]
味なことをやる。
なんにしても、ここは往還に近い。刃《やいば》の音を聞いて駈けつける者のなかには、よけいなお節介《せっかい》が飛び出さんとも限らぬ、この札を立てて、あらかじめ予防線を引いて、一方が一方を片附けるか、双方ともに仆《たお》れるかまで、無名の師《いくさ》をやり通そうという準備であろう。とにかく物慣れた仕業《しわざ》である。
竜之助は冷然として、その書き終るを見ていると、壮士はその紙を持って前後を見廻したが、傍《かたえ》に大きな松の樹がある、小柄《こづか》を抜いてその一端を突きさして、あとの隅《すみ》を克明《こくめい》に松脂《まつやに》で押える。
「いざ、お仕度《したく》召されい」
「心得て候」
壮士は、刀の下緒《さげお》を襷《たすき》にする。竜之助は笠を取って、これも同じく刀の下緒が襷になります。
驚くべき長い刀の鞘を払って、上段にとって、曳《えい》と叫ぶ、ずいぶん大きな声です。熟練した立合ぶりです。その技倆の程はまだ知らないが、立ち上って、まず大抵の人の荒胆も挫《ひし》ぐというやり方。なにしろ真剣の立合を茶飯のように心得たものでなければ、こうはいかないはずであります。
一方、竜之助は同じく抜き放って、これは気合もなく恫喝《どうかつ》もなく、縦一文字に引いた一流の太刀筋、久しぶりで「音無しの構え」を見た。無名の師《いくさ》、尋常の果し合いはなかなか骨が折れる、まして敵の様子が海の物とも山の物ともわからない場合において、得意の構えに身を守り敵を窺《うかが》う瞬間は、いずれも気が張るのです。
焦《せ》き込みもせず……無言のままで青眼にとった刀。こっちが嚇《おど》しても手答えがない、叫んでも反応がない……自ら薩州の浪人と名乗る壮士は竜之助の太刀ぶりに、やや意外の念を催します。
道具をつけての稽古ならば、体当りで微塵《みじん》に敵の陣形をくずしてみたり、一《いち》か八《ばち》かの初太刀《しょだち》を入れてみる。当れば血を吸い骨を啖《くら》うことを好む刃《やいば》と刃とでは、そうはいかない。
壮士は上段の刀を振りかぶったなりで、頻《しき》りに気合と恫喝とを試みて竜之助の陣形を覗《うかご》うているが、その静かなること林の如く、冷やかなること水の如しです。打ち込んだら、こっちのどこかへ来る。それがどこへ来るか、さっぱり見当《けんとう》がつかぬ、浅く来るか深く来るかさえ見当がわからないのです。
時節がら人の通りが少ないといっても、名にし負う京と大阪とへの追分に近いところ、
「あれ、喧嘩《けんか》があるそうな」
「武家と武家との争闘《いさかい》じゃ」
「おお、抜きましたぜ」
「抜いた、抜いた」
「長い刀やな」
「あれ、危ない」
気の弱いものには、真剣勝負は見ていられない、袖で面《おもて》を蔽《おお》うて急いで通り去るのが尋常の人です。怖いもの見たさの連中のみ遠巻きにして――それとても息を凝《こ》らして、片足は逃げられるように、スワというとき腰を抜かさずに走れるだけの胆力を持ったものに限るのです。
白昼、白刃《しらは》の立合は、おそらく凄いものの頂上でありましょう。月にかがやく刃《やいば》の色、星にきらめく兜《かぶと》の光などは、殺気を包むに充分の景情があります。ここには、人と人との血気、剣と剣との殺気、それが全くむきだしに、青天白日、八百万《やおよろず》の神の照覧ましますところにおいて行わるるのであります。ことに、竜之助を知って、その面《かお》の刻々の変化――変化と見えざる変化を見分ける人があるならば、何者とも知れず、来《きた》って八万四千の毛孔を揺《ゆす》って行くとや疑うであろう。
この立合をながめていたもののなかに、一人の物好きがあります。最初は抜からぬ顔で人の後ろに立っていたが、ジリジリと一足前へ、二足前へ、余の連中が一寸二寸と後ろへさがる間に、この男のみは知らず知らず前へ出て行くので、水が流れて岩がおのずから進むように見えます。
「仲裁無用」かの松の樹の貼札《はりふだ》の下まで来て突っ立って、じっとこの果し合いを見ている。脚絆《きゃはん》足袋《たび》草鞋《わらじ》、菅笠《すげがさ》は背中に、武士ではないがマンザラ町人でもない――手に四尺五寸ほどある樫《かし》で出来た金剛杖《こんごうづえ》まがいのものをついていました。
世間には、さまざまの変人がある、好んで危《あやう》きに近寄るは変人のなかの愚《ぐ》なる者。
壮士の額にはようやく汗が滲《にじ》んできた、それと共に気がジリジリと焦《じ》れ出すのがわかります。この時、竜之助の足許《あしもと》がこころもち進む。
壮士の踵《かかと》がこころもち退く。上段の太刀をおもむろに下ろして、中段に直します。
「構えの如何《いかん》に頓着《とんちゃく》せず、立合うや直ちに手の内に切り込み、そのまま腹部をめがけて突き行けば必ず勝つ」とは、千葉の道場などでよく教えた立合の秘訣《ひけつ》で、機先を制して勝ちを咄嗟《とっさ》にきめるか、さもなければ、塁を高くして持久戦の覚悟をきめ、そうして後に根気で勝つ。壮士は最初の法をとって、勝ちを一気に占める考えであったが、その術を施す隙《すき》がなかったので、やむを得ず、相方ともに楯《たて》をついての睨み合いです。
関東の剣客で、その立合った限りにおいては、竜之助の音無しの構えを破り得るものがなかったのです。かの壮士は図《はか》らずもその術にひっかかったものです。降りみ降らずみ五月雨《さみだれ》の空が、十日も二十日も続く時は、大抵の人が癇癪《かんしゃく》を起します。鬱陶《うっとう》しい、忌々《いまいま》しい、さりとて雷が鳴るまでは、どうにもならぬのが竜之助の剣術ぶりです。壮士の癇癪はついに雷となって破裂した。
「やあ!」
切り込んだ初太刀《しょだち》。
その出る頭《かしら》こそ音無し流のねらいどころです。
どちらが斬ったか斬られたか、刀と刀は火花を散らして、一合《いちごう》すれば、両人の身は四五間離れて飛びます。どちらにも怪我《けが》はなかった。透《すか》さず壮士は再び上段の構えでジリジリと寄る。竜之助はもとの如く、双方ともに以前の形をとって進むだけです。
この一合した時に、立っていた怖《こわ》いもの見たさの連中は、
「わっ!」
とわめいて、横になり縦になって、遠いのは一町、近いので五十間も転《ころ》げ出したが、双方ともに傷つかず、また陣形を立て直したのを見てソロソロと舞い戻る。
棒を杖《つ》いた商人|体《てい》の不思議な人物のみは、自分が検査役かの如き気取りで、平然としてもとの立場を動かず、そのくせ、両陣の争いはいよいよその身に近くなってきています。
壮士も、胆気一方の人ではない、術も充分である、相撲《すもう》ならば四ツに組んだので、水を入れ手がない以上は、取り疲れて、死ぬまで組む。力限りの争いかと見れば、意外にも今度は、目に見えないほどずつ竜之助の太刀先が進む。進み、進むと、壮士は脂汗《あぶらあせ》をタラタラと、再び中段にしてジリジリと退く。その退くこと五分なれば、竜之助の進むことも五分、一寸なれば一寸。
音もなく飛んだ刀は壮士の小鬢《こびん》をかすめて、再び刃の音の立つ時、壮士は鳥の如く後ろへ飛び退《さが》る、竜之助は透《すか》さずそれを追いかける、受けて、また後ろへ飛ぶ途端に、無残や大の男は、石に躓《つまず》いて※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と横ざまに倒れる――この時まで壮士は足駄《あしだ》を穿いていたものです。倒れたものを、起しも立てず拝み討ち――誰が見ても、この運命はもうきまった、倒れたのが斬られる、倒れないのが斬る(事実は必ずしもそうであるまいが)――その決勝点で邪魔が入ったというのは、かの棒を持っていた変人が、
「待った!」
りゅうりゅうと片手で振った樫《かし》の棒に、仲裁無用の定規《おきて》を破らせたことであります。
五
竜之助と、薩州の壮士と、棒を持った変人と、三人の姿を山科《やましな》の奴茶屋《やっこぢゃや》の一間で見ることができました。三人まるくなって、酒を酌《く》みかわしながら、薩州の壮士|曰《いわ》く、
「不思議な流儀もあったもんじゃ、えたいが知れん、俺も一刀流の道場はたんと廻ってみたがな」
棒を持った変人は竜之助に代って、
「うむ、この人の剣術は一流じゃ、てこずらぬ者は珍らしいよ、関東の剣術仲間では音無しと名を取ったものでござる」
「なるほど音無し、音無しに違いはない、なんにしても珍らしい、関東には変ったのがある、ハハハハ」
高く笑う。
「西国にもずいぶん変ったのがござるようじゃ、貴殿のお差料《さしりょう》などもその一つ」
「うむ、これか」
壮士は、座右の長い刀を今更めかしく取り上げて、
「主水正正清《もんどのしょうまさきよ》じゃ」
「拝見致す」
型の如く鞘《さや》を払って、つくづくと見る、相州伝の骨法《こっぽう》を正確に伝えた薩摩鍛冶の名物。竜之助もまた傍からじっと見て、
「なるほど」
「国の習いで、抜けば鞘を叩き割るのが、血を見ずに鞘へ納まったは今日が初め、まあ仲裁ぶ
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