にでもなるか。拙者が贔屓《ひいき》してやるからここへ来いと言え」
お松は今日の忙しさに加勢に頼まれて来ていたのを、
「お松さん、あの正面の怖《こわ》い面《かお》したお客様が、お前に御用だと申しておりますが」
囁《ささや》かれて、お松は、
「ただいま参りまする」
この時、歌うもの踊るもの、相撲を相手に腕相撲をするもの、芸子《げいこ》へかじりついて騒がすもの。
「おい、庭で一丁《いっちょう》」
新撰組の沖田|総司《そうじ》は、力自慢が嵩《こう》じて相撲を一人ひっぱり出し、庭へ下りて四股《しこ》を踏む。
「沖田川、しっかり!」
席は混乱して、みな縁先へ集まる。
芹沢鴨は、それには眼もくれず、
「お前は美《よ》い女《こ》じゃ、ここへ坐れ」
目を細くして、前へ来たお松の面を見る。
「御免あそばせ」
お松は盃をいただいて下に置くと、
「わしは芹沢じゃ、たびたびここへ遊びに来るが、お前の姿を見るは初めてだ、名は何と申す」
「松と申します」
「年はいくつだ」
「当ててごらんあそばせ」
「十六から八までの間、違いなかろう」
「そんなことでございましょう」
「生れはどこじゃ」
「西国でござ
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