助|仕込《じこ》みの腕である。隊の中で試合をしても、井村や溝部では歯が立たぬ。で、抜き合わせようとするのも半ば行きがかりの虚勢。兵馬は、つめ寄せた二人を見つめながら、
「そう喧嘩腰《けんかごし》で出られては困る、君に覚えがなければ、何と言われても腹の立つことはないではないか。拙者も君の言うたことにつき合うて用もないこの座敷へわざわざ出て来たのだから、君も拙者の問いに答えてもらいたい、相見互《あいみたが》いじゃ」
「粕理窟《かすりくつ》を言う場合でないぞ、二言《にごん》と盗賊呼ばわりをなさば、それこそ容赦《ようしゃ》はない。そのほかに聞きたいとは何だ」
「うむ、右の菱屋の――待て、盗賊の件ではない、菱屋太兵衛の女房お梅と申すものの行方《ゆくえ》を、もしや君が知ってはおらんか」
「菱屋の女房がどうしたと?」
「行方知れずになった」
「それが、どうした」
「その行方を、もし君が知っておらんかと――」
「何を知るものか」
 井村は、※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]《も》いで振り捨てるように首を振る。
「主人の太兵衛が申すには、取調べの筋があって南部屋敷へ二度まで呼ばれて、二度目か
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