は気分が軽い、霽《は》れにしてはしっとり[#「しっとり」に傍点]とした、都の春の宵《よい》の色としては、申し分のない夜でありました。
兵馬は橋の上へ来てから、大事なものを踏むように、わざとゆっくりゆっくり歩いています……朧月夜もふけて丑三《うしみつ》過ぎで、無論、人の通ることは宵から数えるほどしかなかったのですから、この深夜には誰《たれ》憚《はばか》るものもない、千金にも替え難き都の春の夜を一人占めにして歩いているようなものです。
京都に来ても兵馬は、ワザと罪なき人を斬ったり、喧嘩《けんか》を買って出たりすることはしなかった。暇があれば、壬生寺《みぶでら》の本堂に籠ったり、深夜、物騒《ぶっそう》な町を歩いてみるくらいのことで、いままでは至って無事でした。竜之助が悠々と、途中で道場荒しなどをやって、日数《ひかず》を多くかけて京都まで来る間に、兵馬は新徴組と共に、一直線にこっちへ来ていたので、京都の経験は兵馬の方が一月の余も上であります。
すべての消息から、竜之助が京都へ落ちたことは真実《まこと》である、京都で必ず探し当てる、これも兵馬が夜歩きをする一つの理由でありましょう。しかしな
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