て来たと伝えてくれ、近藤、土方には知らせたくない」
「よし、そう言おう。宿はどこへ取る」
「左様、目立たぬよう、然るべきところはないか、周旋を頼む」
「六角堂の鐙屋《あぶみや》というのを拙者は知っている、それへ紹介しよう」
「よろしく頼む」
 こんな話をして酒を飲み合い、微醺《びくん》を帯びてこの茶屋を出ると、醍醐《だいご》から宇治の方面へ夕暮の鴉《からす》が飛んで行く。
「それはそうと吉田氏、京都へ入ったなら、滅多《めった》に刀は抜かぬがよいぞ、血の気の多いのがウヨウヨいる、今の壮士のような奴が」
「あの命知らずには驚いた」
「しかし、あんなのは珍らしい、全くの命知らずじゃ。そうそう、何と言ったかな、あいつの名前は」
「薩州の田中新兵衛と聞いた」
「田中新兵衛……そうか、覚えておくことだ、あんなのが好んで暗殺をやる。去年、四条磧《しじょうがわら》で九条家の島田|左近《さこん》を斬ったのも、まだ上らぬのじゃ」
「暗殺が流行《はや》るそうだな」

         六

 壬生《みぶ》の村から二条城まで、わざと淋しいところを選んで、通りを東に町を縫《ぬ》い、あてもなく辿《たど》り行く人影
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