ぞく》。
 三人は長い刀を抜きつれて、芹沢らが寝ている間へ向って行く、近藤勇はそのあとから、刀を提げて凄い目を光らせながらついて行く。
 寝ていた襖をあけたけれども知らない、酔ったまぎれに夜具を撥《は》ねのけ女も男もだらし[#「だらし」に傍点]ない寝すがた。土方はツカツカと進んでその寝すがたを調べてみた。
「ふむ、これが平山、女は小栄だな」
「平間に糸里か、不憫《ふびん》ながらこれも相伴《しょうばん》。さて大将は」
 やや高い声で言ったけれども、まだ覚めはしない。屏風《びょうぶ》の中をのぞいて見ると、お梅は寝衣の肌もあらわに、芹沢は鼾《いびき》が高い。
 土方はニッと笑って、次の間の入口に立っていた近藤勇に合図する。この時、小栄と寝ていた平山五郎がふいと眼をさます。
 眼をさまして、さすがに平山もその様子の変なのに驚いた。枕を上げようとする途端を藤堂平助がただ一太刀。
 平山の首は宙天《ちゅうてん》に飛んで、一緒に寝ていた小栄の面《かお》に血が颯《さっ》とかかる。小栄は夢を破られてキャーと叫ぶ。
 この時早く、芹沢とお梅との寝ていたところの屏風は諸《もろ》に押し倒されて、三人の黒装束はそれにのしかかると見れば、屏風の上から蜂の巣のように、続けざまに下なる芹沢めがけて柄《つか》も拳《こぶし》も通れ通れと突き立てる。
「わーッ、何者だ、無礼者め!」
 芹沢鴨は絶叫しつつ、片手を枕元の刀にかけながら屏風を刎《は》ね返そうとする。
「助けて下さい――」
 お梅は苦叫悶叫《くきょうもんきょう》。
 快楽《けらく》の夢を結んだ床は血の地獄と変る。芹沢は股、腕、腹に数カ所の深傷《ふかで》を負うたがそれでも屈しなかった。力を極めてとうとう屏風を刎ね返して枕元の刀を抜いて立った。
 芹沢といえども剽悍無比《ひょうかんむひ》なる新撰組の頭《かしら》とまで立てられた男である、まして手負猪《ておいじし》の荒れ方である。敵は誰ともわからぬが、相手はそんなに多数ではない。土方、沖田、藤堂の三人をめがけて切り込む太刀の烈しいこと、それをまた三人が飛鳥の如く、前に飛び後ろにすさって突き立て斬り立てるめざましさ、ことに土方歳三は小兵《こひょう》であって、その働き自在。
 小栄は飛び起きて厠《かわや》の中へ逃げ込む。平間重助と糸里は最初、夜具の上から一刀ずつ刺されたけれども幸いに身に当らず、この室を逃げ出した。近藤勇は、それを見たけれど、見のがす。
「おお、汝《おの》れは土方だな」
 重傷の中から、芹沢鴨は黒装束の一人を土方歳三と認める。大方その軽妙な身の働き、刀の使いぶりが、彼の眼に見て取れたからであろう。
「うむ、いかにも土方だ」
「卑怯《ひきょう》な! なぜ尋常に来ぬ、暗討ちとは卑怯な」
「黙れ黙れ、これが貴様の当然受くべき運命だ!」
 勢い込んだ一太刀が、芹沢の右の肩。
「むー」
 これは今までの傷のなかでいちばん深かった。芹沢はついに刀を持つに堪えなくなった。
「エイ!」
 左から来た沖田総司の一刀は、横に額から鼻の上まで撫《な》でる。
「おう――」
 芹沢は※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と倒れた、土方歳三は直ぐにそれにのしかかる。
「残念!」
 芹沢は土方に刃《やいば》を咽喉《のど》にあてがわれた時に叫ぶ。
「土方待て」
 近藤勇は進んで来て、
「芹沢、拙者《おれ》がわかるか、拙者は近藤じゃ、恨《うら》むならこの近藤を恨め!」
「おのれ近藤勇!」
 恨みの一言《ひとこと》を名残《なご》り、土方歳三はズプリと、芹沢の咽喉を刺し透《とお》してしまった。
「これ、お梅」
 藤堂平助は慄《ふる》えていたお梅の襟髪《えりがみ》を取って、
「よく見ておけ、これが見納めだ、貴様の可愛ゆい殿御《とのご》の最期《さいご》のざまはこれだ」
「どうぞお免《ゆる》し下さい」
「しかし美《い》い女だな」
「芹沢が迷うだけのものはある」
 藤堂と沖田とは面《かお》を見合せて、土方と近藤との方に眼を向ける。助けようか殺そうかとの懸念《けねん》。近藤勇は首を縦に振らなかった。
 沖田は女の弱腰《よわごし》を丁《ちょう》と蹴《け》る。
「あれ――」
 振りかぶった刀の下に、お梅は肩先から乳の下にかけてザックと一太刀、虚空《こくう》を掴んで仰《の》けぞると息は脆《もろ》くも絶えた。
 芹沢の屍骸《しがい》の上には、夜眼《よめ》にも白くお梅の身《からだ》が共に冷たくなって折り重なっている。
 近藤勇をはじめ四人は、そのままにしておいてこの場を引上げた。

 滑稽《こっけい》なことはその翌日、壬生寺《みぶでら》で、昨夜殺された芹沢鴨の葬式があったが、その施主《せしゅ》が近藤勇であったこと。勇は平気な面をして、自分が先に立って焼香もすれば人の悼辞《くやみ》も受ける。

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