が相撲の贔屓《ひいき》となり、その力で、近々|壬生寺《みぶでら》に花々しい興行を催すという。
 近藤勇と芹沢鴨とが正座にいるところへ、小野川秀五郎は盃をもらいに出かけて気焔《きえん》を吐いている。
 この時、小野川はもういい年であったが、気負《きお》いの面白い男でよく飲む。
「小野川、貴様も大分いけるようだが、年をとったな」
 近藤勇が言う。
「どう致して、相撲に年をとるというはごわせぬ」
「負惜しみを申すな、争われぬは額《ひたい》の皺《しわ》と鬢《びん》の白髪《しらが》。どうだ、一番おれと腕押しをやろうか」
「いやはや、近藤先生、剣にかけたら先生が無敵、力ずくではこの秀五郎が前に子供でがす」
 小野川はこう言いながら、前にあった小皿をとってバリバリと噛《か》み砕《くだ》き、
「歯の力だけが、こんなもんじゃ」
「愉快愉快、も一つ飲め」
 近藤勇は、小野川の老いて稚気《ちき》ある振舞《ふるまい》を喜んで話していると、芹沢は、さっきから席を周旋して廻るお松の姿に眼をつけて、
「いま銚子《ちょうし》を持って立った、あの可愛い女、あれはどこの子だ。ナニ、木津屋の養女だと。そうか、ゆくゆくは太夫にでもなるか。拙者が贔屓《ひいき》してやるからここへ来いと言え」
 お松は今日の忙しさに加勢に頼まれて来ていたのを、
「お松さん、あの正面の怖《こわ》い面《かお》したお客様が、お前に御用だと申しておりますが」
 囁《ささや》かれて、お松は、
「ただいま参りまする」
 この時、歌うもの踊るもの、相撲を相手に腕相撲をするもの、芸子《げいこ》へかじりついて騒がすもの。
「おい、庭で一丁《いっちょう》」
 新撰組の沖田|総司《そうじ》は、力自慢が嵩《こう》じて相撲を一人ひっぱり出し、庭へ下りて四股《しこ》を踏む。
「沖田川、しっかり!」
 席は混乱して、みな縁先へ集まる。
 芹沢鴨は、それには眼もくれず、
「お前は美《よ》い女《こ》じゃ、ここへ坐れ」
 目を細くして、前へ来たお松の面を見る。
「御免あそばせ」
 お松は盃をいただいて下に置くと、
「わしは芹沢じゃ、たびたびここへ遊びに来るが、お前の姿を見るは初めてだ、名は何と申す」
「松と申します」
「年はいくつだ」
「当ててごらんあそばせ」
「十六から八までの間、違いなかろう」
「そんなことでございましょう」
「生れはどこじゃ」
「西国でござ
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