そうで、見物も夥《おびただ》しいことでござんすわい」
「なるほどな」
七兵衛はここで時間を少しよけいに費《ついや》したいのだから、わざと気長く構えて、親方と話をしているところへ、
「御免よ」
小間物《こまもの》の荷を背負った町人風の男が入って来ました。
「爺《とっ》さん、今晩は」
荷物を手近へ卸して腰をかけた小間物屋は、腰から煙草入を取り出しながら横目で七兵衛をジロリ。
七兵衛も、この小間物屋をひょいと見る、おたがいに目つきが変だと思います。
「これは福造どの、今日は遅いことじゃな」
飯屋の親方は、心安そうな口の利き方。
「今日は、南部のお屋敷で品物を取拡《とりひろ》げ、それがため暇《ひま》をとりましたわい」
「はてな、南部のお屋敷へ小間物屋とは、ちとお門《かど》が違いそうじゃがな」
「そのお門違いのところで思いがけない売上げを見たものさ、だから商売は水物《みずもの》だよ」
「なるほど、あのお屋敷へ小間物が売れようとは、誰も思いがけない、浪人衆が小間物とは、坊さんに簪《かんざし》のようなものかねえ」
「あれでお前、表は厳《いか》めしそうなれど、裏からは、祇園、島原あたりから市兵衛駕籠が乗り込むというものさ」
「そうですかな」
親方は感心したような顔をしながら銚子《ちょうし》を持って来る。
「爺さん、やっぱり、鰻《うなぎ》がいいね」
小間物屋は、グビリグビリとはじめて、親方との話が途切《とぎ》れると面《かお》を七兵衛の方へ持って来て、
「少し曇ってきたようですね」
「そうですか、晴れていましたがね」
七兵衛と小間物屋と話のきっかけ[#「きっかけ」に傍点]が出来る。
「降るようなこともなかろうが、いったい京は、江戸よりも天気が変りっぽいようですな」
「そうですかな、わしは京は、初めてでございまして」
「失礼ながら関東はどちらで」
冒頭《のっけ》に関東と言い出されたので、七兵衛は小間物屋の面を見ながら、
「武州でございます」
「そうでござんしょう、お言葉と言い、御様子と言い、武州もお江戸近く、次第によったら甲州筋……どうでござんすな」
七兵衛は再び、この男の面を見直します。どうも眼つきが小間物屋にしては強過ぎる、関東の者か上方の者か、そのくらいの区別は誰にもつくが、江戸近く、甲州筋、そこまではちと念がいる。
「よく当りました、八王子でござります。して、
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