ンヤリと光っていた罪のない行燈《あんどん》は、真向《まっこう》から斬りつけられ、燈火はメラメラと紙を嘗《な》める。竜之助は、行燈が倒れて、火皿の燈心が紙に燃えうつるのを見て、立ち止まって笑う。
お松は、この間に逃げ出した。多くの人はお松の叫び声でバラバラとここへかけつける。
竜之助は、襖にうつろうとする火の色を見て笑っています。
十五
その晩、芹沢鴨は早く宴会の席を出て壬生の屋敷に帰り、愛妾《あいしょう》のお梅を呼び寄せる。お梅というのは、さきごろ町家の女房を強奪して来たそれです。
芹沢と一緒に帰ったのは、その腹心平間重助と平山五郎。
芹沢が早く席を切り上げて帰ったのも珍らしいが、今宵は非常に機嫌がよくて、お梅を相手に飲み直していると、平間重助はその馴染《なじみ》なる輪違《わちがい》の糸里という遊女、平山五郎は桔梗屋《ききょうや》の小栄というのをつれ込んで、この三組の男女は、誰憚らぬ酒興中、芹沢は得意げに言うことには、
「いよいよ拙者の天下である、明日になって見ろ、わかることがある」
こう言って、芹沢はお梅に酌をさせて頻《しき》りに飲んだ。
芹沢はお梅を抱いて快く眠った。屏風《びょうぶ》を立て廻して同じ広間の中へ、平間と糸里、平山と小栄の二組も、床を展《の》べさせて夢に入る。芹沢が欣々《きんきん》としていたのは近藤を謀《はか》り得たと思ったからです。今宵の宴会の終りに近藤勇は、その馴染なる木津屋の御雪を呼ぶか、御雪のところへ行くか、然らずば晩《おそ》くこの屋敷へ帰る。その隙《すき》を見て多勢で暗討《やみう》ち。人の手配《てくばり》に抜かりなく、ことにその手利《てき》きの一人として机竜之助を頼んでおいた。明日になれば、首のない近藤勇の死骸を、島原|界隈《かいわい》で見つけることができる。そして新撰組の実権を自分の一手に握る、これを根拠としてやがて一国一城の望みを遂げようという。
ところが、それよりズット前に、近藤勇は土方歳三と沖田総司と藤堂平助とをつれて、駕籠にも何にも乗らずコッソリ裏の方からこの屋敷へ帰って来て、いるかいないかわからないくらいの静かさでおのおの近藤の居間に集まっていたのを芹沢らはちっとも知らなかった。芹沢らがいよいよ寝込んでしまったと見定めた時に、近藤勇だけは平服、土方と沖田と藤堂の三人は用意の黒装束《くろしょう
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