杉|一幹《ひともと》、その下に愛宕《あたご》の社、続いて宮司の構《かまえ》。竜之助はそのいずれへも行かず、正面から鳥居を潜《くぐ》って杉の大木の下の石段を踏む。引返したとていくらの道でもあるまいものを。尋常の旅籠《はたご》に着いて、軟らかい夜具を被《かぶ》って、穏やかに夢を結んだらよかりそうなものを。
身に火のついたものは井戸の中へも飛び込む。竜之助は心頭に燃えさかる火を消さんがために、わざと淋《さび》しいところ怖《おそ》ろしいところを求めて行くのか知らん。闇をたどって忍びやかに鈴鹿明神の頓宮《とんぐう》に入りこんだ竜之助は、とりあえず荷物を抛《ほう》り出して、革袋の中から火打道具と蝋燭《ろうそく》と懐中|付木《つけぎ》とを探って、火をつけ床《ゆか》に立てて、濡れた笠と合羽を脱ぎ捨てて、また革袋から小提灯《こぢょうちん》を取り出し、床に立てた蝋燭をそれにうつして一通り社殿の中を見廻しました。
荷物を枕にしてみたが眠れない。
お浜によう似た女のことが、どうも眼先にちらついてならぬ。若い夫婦が二見ヶ浦のあたりを行く、それがお浜と自分のようだ、おお、郁太郎もおるわい。
とにもかくにも
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