「こりゃお土産じゃねえよ」
 この包みにはお浜の遺髪が入っているのです。
「太郎作さん、俺《おら》が水車《くるま》は大丈夫かえ」
「ああ大丈夫だよ」
「水で突《つ》ん流されるようなことはなかったかい」
「うん、そんなことはねえ」
「さよなら」
 与八はスタスタと出かけます。
 御岳《みたけ》の山も沢井あたりの山も大菩薩の方も、眼の前に連《つら》なっています。与八はこれを見るとまた悲しくなって、そっと後ろの郁太郎を振返ると、子供は無心に寝入っている。ぼんやり立ち止まっては、提げていたお浜の黒髪を包んだ風呂敷に眼が落ちると、ひとりでに涙がこぼれます。与八は善いことをしては、いつでもそれが悪い結果になる。あれもこれもみんな自分が馬鹿だから。これからは罪滅《つみほろ》ぼしに多くの人の追善《ついぜん》をはかり、かたわらこの子を育て上げて立派な人にして申しわけを立てねばならぬ。与八には人を怨《うら》むという考えがなくて、一も自分が悪い、二も自分が悪いで通って行くのです。
「俺《おら》の大先生《おおせんせい》に拾われたところはここだ」
 与八はその昔、自分が拾われたというところへ来て一休み。
   
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