に風呂番をしていた与太郎という馬鹿と駈落《かけおち》するなんて、わたしも呆《あき》れ返ってしまった、あんな世話甲斐《せわがい》のない子というはありやしない」
「それほど馬鹿な女とは思いませんでしたが、いったい、どっちの方へ逃げましたか、手がかりはございませんか」
「いっこう知れません、いろいろ手配《てはい》をして探してみましたけれども、どうしてもわかりません。お前さんの方へも飛脚を立ててみようとしましたけれども、殿様がおっしゃるには、そんな腐った奴を騒ぎ立てて探すには及ばないと、それなりにしてありますが、わたしの身になると、殿様には面目がないし、自分では腹が立つし……」
「そういうわけならば、ひとつ私も探してみましょう。あのお松とても生来《しょうらい》が、それほど馬鹿ではなかったはずですから、尋ね出して聞いてみたら何か事情があるかも知れません」

         十三

 七兵衛が最初この家へ入った時から見え隠れについて来て、今まで路地内《ろじうち》や表通りをうろうろしていた一人の紙屑買《かみくずか》いが、いま七兵衛が出かけると、またそのあとをついて行きます。
 七兵衛は妻恋坂から本
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