も竜之助であろうとは――誰人にもそのように想像されるのでありました。
十二
「どうも永らく御無沙汰を致しました」
妻恋坂のお絹の宅へやって来たのは珍らしくも裏宿七兵衛。
「これは珍らしい七兵衛さん、どうしたかと心配していました」
「つい百姓の方が忙がしいもんでございますから。それに、骨休めを兼ねてお伊勢参りをして来たものでございますから。これはわざ[#「わざ」に傍点]っとお土産《みやげ》の印《しるし》」
「それはお気の毒な。お前さん方は、ほんとに羨《うらや》ましい身分ですね、稼《かせ》いでおいてはお伊勢参りだの、江戸見物だのと気晴らしができますから」
「へえ、どう致しまして」
「並《なみ》のお百姓では、そんなにチョイチョイ出て歩けるものではありません」
お絹にこう言われて七兵衛は苦笑《にがわら》い。
「ちっとばかり内職をやっているものでございますから」
「内職を? 何か反物《たんもの》でも商《あきな》いをなさるの」
「へえ、まあそんな事で」
「そう、そんなら今度ついでの時に、甲斐絹《かいき》の上等を少し見せてもらえまいかね」
「よろしゅうございます、持って参り
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