太郎を、そっと蒲団の上に置こうとすると、郁太郎はまたひーと泣き出す。ハッとしてお浜はまた抱き直すと、さあ、それから、また泣き出して、もう声も涸《か》れきっているのに、涙ばかりをホロホロとこぼし、パッチリとあいた眼に、じっと母親の面《かお》を見据えて五体をわななかせる。
「坊や、まだ痛いかえ。まあお前、そんな怖《こわ》い面をして母さんを見るものじゃありませんよ」
 お浜は力も折れて泣きました。郁太郎は身をふるわせて母にしがみつくように、その眼は瞬《またた》きもせずに母の面のみ見つめていますから、
「まあ、お前はナゼそんなにお母さんを苛《いじ》めるの、なんという因果だろうねえ」
 お浜は泣きながら我が子の面を見ていたが、
「ああ罰《ばち》だ、罰だ、これがほんとの天罰というのに違いない」
 投げ出すように郁太郎を蒲団《ふとん》の上に差置いたお浜の眼は、物に狂うように光っておりました。
 お浜がいまさら天罰を叫ぶは遅かった。しかし、遅かれ早かれ、一度は天罰を悟ってみるのも順序であります。
 我が子なればこそ、これほどのささやかな創《きず》に気も狂うほど心配するものを、今お浜が、
「ああ怖い」

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