かい。医者に診《み》ておもらいよ、長者町の道庵《どうあん》さんに診ておもらい。なあに、道庵先生なら心配はないよ、あの先生の口からお前の身の上がばれるなんということはないよ。与八さん、御苦労だが道庵さんへ行っておいで。この前の大通りを、それ、大きな油屋があるでしょう、あの辺が相生町《あいおいちょう》というのだから、その相生町の角《かど》を真直ぐに向うへ行ってごらん、小笠原様のお邸がある、そのお邸の横の方が長者町だからね、あの辺へ行って道庵先生と聞けば子供でも知っているのだよ……それから、あの先生にお頼み申すにはね、秘訣《こつ》があるのだよ、その秘訣を知らないと先生は来てくれないからね」
 お滝は手ぶり口ぶり忙がしく与八に説いて聞かせる。
「その秘訣というのはね、貧乏人から参りましたが急病で難渋《なんじゅう》しております、どうか先生に診ていただきたいのでございますと、こう言うんだよ。貧乏人と言わないといけないよ、金持から来たようなふうをすると先生は決して来てくれない、いいかね、貧乏人から来ましたと言うんだよ」
「そんなに貧乏が好きなのかい」
「貧乏が好きというわけじゃないだろうけれど、そこ
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