ぎゃくふう》。
「これは――」
やや驚いて、表を読んでみると「机竜之助殿」、裏を返せば「宇津木兵馬」。
竜之助は勃然《ぼつぜん》として半身を起し、封を切って読むと、
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「貴殿に対して遺恨あり、武道の習《ならひ》にて果合《はたしあひ》致度、明朝七ツ時、赤羽橋辻《あかばねばしつじ》まで御越《おこし》あり度」
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「うむ、小癪《こしゃく》な果し状」
竜之助は手紙をポンと投げ出して、夜具を蹴って起き直りました。
「坊やはどうじゃ」
「よく寝ておりまする」
竜之助はお浜の抱いている郁太郎の面《かお》をのぞき込み、
「医者の申すには、一時《いっとき》物に怖《おび》えたので、格別のこともないそうな」
起きて面を洗い食事を済ましてから、
「浜、坊やをこれへお貸し」
「それでもよく眠っておりますものを」
「眠っていてもよいわ、抱いてみたい」
「今日に限ってそんなことを」
「いいからお貸し」
「せっかく寝たものを、起すとまたむずかりまする」
「いいから、これへ出せというに」
竜之助の言葉が強くなりますので、お浜は詮方《せんかた》なく、よく寝ていた郁太郎を、そっと移して竜之助に渡すと、竜之助は抱き上げて、つくづくと郁太郎の面から昨夜の創《きず》を繃帯したあたりなどを見て、今更のように、
「まあ、無事に育つがよい」
「無事に育たなくてどうするものかねえ、坊や」
「親はなくても子は育つというからな」
「両親とも立派にあるものを、縁起《えんぎ》でもない」
お浜はやや不足顔。竜之助は思い出したように、
「浜、わしも近々京都の方へ行こうと思う」
「京都の方へ?」
お浜は意外な面《かお》。
「京都へは諸国の浪人者が集まり乱暴を致す故、その警護のためにとて腕利《うでき》きの連中が乗り込んで行く、わしもそれに頼まれて」
「まあ、それはいつのこと」
「近いうち、或いは足もとから鳥の立つように」
「そうして、坊やとわたしは?」
「やはり、こっちに留守《るす》しておれ」
「いいえ、それはいけませぬ」
竜之助が不意に京都へ行くと言い出したので、お浜は驚いて、力を極《きわ》めてそれに故障を申し入れる。
「それでは、もう一度考えてみよう」
こう言って竜之助は、やっとお浜を安心させて、自分は次の間へ引込んでしまいました。
大した創《きず》ではないが容体《ようだい》が思わしくないから、お浜が引続き郁太郎を介抱《かいほう》している間に、竜之助は一室に閉籠《とじこも》ったまま咳《せき》一つしないでいるから、
「あの人は、どうしてああも気が強いのかしら」
お浜は竜之助が、我が子の大病をよそに、何をしているだろうと、怨めしそうに独言《ひとりごと》をしてみたりしているうちに、竜之助がついと室を出て来ました。
見れば刀を提《さ》げていますから、
「どこへおいでなさる」
「ちょっと芹沢《せりざわ》まで」
「急の御用でなければ、坊やもこんな怪我《けが》なのですから宅にいて下さい」
「急の用事じゃ、直ぐ帰る」
「早く帰って下さい、そうでないと心細いのですから」
「うむ」
出て行く竜之助の後ろ影を見送りながら、
「あの人は、情愛というものを知ってかしら」
何とはなしに、竜之助と添うてからのことが胸に浮んで来ました。愚痴《ぐち》は昔に返るのみで、文之丞との平和な暮しに自分が満足しなかったことの報いを今ここに見るとは思い知っても、まだまだ自分が悪い、自分だけが悪いのだとは諦《あきら》め切れないのです。
こんなふうに、お浜は人を恨《うら》んだり自分を恨んだりして郁太郎の介抱に一日を暮らしましたが、直ぐ帰ると言った竜之助は、夕方になっても帰って来ないのです。
「ほんとうにどうしたことでしょう、あの人はあんまり情けない」
お浜は繰返し繰返し竜之助の帰りの遅いことを恨んで、
「どうして現在自分の子にまで、こんなに情愛がないのでしょう」
いったん悪縁に引かされて、お互いに切っても切れぬようになったればこそ、二人はともかくも無事にここまで暮したけれど、お浜にとっては竜之助の愛情がいつも不足に堪《た》えられなかったのです。お浜はじっさい竜之助から、もっと濃い情愛を濺《そそ》がれたかったはずなのに、それは存外|冷《ひや》やかで、時としてはお互いの心と心との間に鉄を挿《はさ》んだような隔てが出て来るように感じ、ついには竜之助の愛し方が足りないばかりでなく、二人の間に出来た子供に対してすら、その愛し方に不満足を感ずるのであります。
「郁太郎はおれの子ではない」
竜之助はいつぞや腹立《はらだち》まぎれに、お浜に向ってこんなことを言ったことがある。それが今も怖《おそ》ろしい勢いでお浜の耳に反響して来るのでありました。
「あの人は、ほんとにこの子を
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