まだありましょう」
「こう降りこめられては所在がない、また酒でも飲んで昔話の蒸し返しでもやろうかな」
「それが御無事でござんしょう」
お浜は寝入った郁太郎を、傍《かたえ》にあった座蒲団《ざぶとん》を引き寄せてその上にそっと抱きおろし、炬燵の蒲団の裾《すそ》をかぶせて立とうとすると、表道《おもて》で爽《さわ》やかな尺八の音がします。
「ああ尺八……」
竜之助もお浜も、にわかに起《おこ》ってそうしてこのしんみりした雪の日、人の心を吸い入れるような尺八の音色《ねいろ》に引かれて静かにしていると、その尺八は我が家のすぐ窓下に来て、冴《さ》え冴《ざ》えした音色をほしいままにして、いよいよ人の心を嗾《そそ》るようです。
「よい音色じゃ、合力《ごうりき》をしてやれ」
お浜が鳥目《ちょうもく》を包んで出すと、外では尺八の音色がいよいよさやかに聞えます。
お浜は台所に行っている間、竜之助は寝ころんだままで、その尺八を聞いています。
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しおの山
さしでの磯《いそ》に
すむ千鳥《ちどり》
君が御代《みよ》をば
八千代《やちよ》とぞ鳴く
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余音《よいん》を残して尺八が行ってしまったあとで、竜之助は再びこの歌をうたってみました。
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しおの山
さしでの磯に
すむ千鳥……
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そこへ銚子《ちょうし》を持って来たお浜が、
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君が御代をば八千代とぞ鳴く
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と立ちながらつづけて莞爾《にっこ》と笑いましたので、竜之助は、
「よく知っている――」
「故郷のことですものを」
「故郷とは?」
「しおの山とは塩山《えんざん》のこと、差出《さしで》の磯はわたしの故郷八幡村から日下部《くさかべ》へかかる笛吹川の岸にありまする」
「ああ左様《さよう》であったか……」
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しおの山、さしでの磯に……
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竜之助は無意識に歌い返してみました。
「ここにいて笛を聞くのは風流でござんすが、この寒空に外を流して歩くお人は、さぞつらいことでしょう」
お浜も、炬燵に、つめたくなった手を差し入れて、
「それも若い者ならばともかくも、今の虚無僧《こむそう》のように年をとった身では」
「とかく風流は寒いものじゃ――」
竜之助は起き直り、お浜の与
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