」
 それから老人は易経《えききょう》を二三枚ひっくり返して、
「めでたいにはめでたいが、また一つの難儀があるで、よいか、よく聞いておきなされ。象辞《しょうじ》にこういう文句がござる、『夫妻反目、室を正しゅうする能《あた》わざるなり』と。ここじゃ、それ、前にも陽気盛んなれども小陰に妨げらるるとあったじゃ、ここにも夫妻反目とあって、どうもこの卦面には女子《おなご》がちらついている」
 門弟連はまた興に乗って、妙な面《かお》をして老人の講釈を聞いていると、
「細君に用心さっしゃれ、お前様の奥様がよろしくないで、どうもお前様の邪魔をしたがる象《かたち》じゃ。夫妻反目は妻たるものの不貞不敬は勿論《もちろん》なれども、その夫たるものにも罪がないとは申し難い。で、細君をギュッと締めつけておかぬとな、二本棒ではいけない……」
 これを聞いて門弟の安藤がムキになって怒り出しました。
「たわけたことを申すな、二本棒とは何じゃ、先生にはまだ奥様も細君もないのだ。若先生、こんなイカサマ売卜《うらない》を聞いているは暇つぶし、さあ頂上に一走り致しましょう」
 これに応じて、若干の茶代と見料《けんりょう》とを置 
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