外にもこれは離縁状、俗にいう三行半《みくだりはん》でありましたから、
「これは私に下さる離縁状、どうしてまあ」
 呆気《あっけ》に取られて夫の面《おもて》をみつめていましたが、開き直って、
「お戯《たわむ》れも過ぎましょう。何の咎《とが》で私が去状《さりじょう》いただきまする」
「問わず語らず、黙って別るるがお互いのためであろう」
「まあ、何がどうしたことやら、仔細《しさい》も聞かずに去状もらいましたと親許《おやもと》へ戻る女がありましょうか、お戯れにも程がありまする」
「浜、この文之丞が為すことがそちには戯れと見えるか、そなたの胸に思い当ることはないか」
「思い当ることとおっしゃるは……」
「言うまいと思えど言わでは事が済まず。そなたは過ぐる夜、机竜之助が手込《てごめ》に遭《あ》って帰ったな」
「エッ、竜之助殿に手込?」
「隠すより現わるる。下男の久作が行方《ゆくえ》と言い、その夜のそなたが素振《そぶり》、訝《いぶか》しい限りと思うていたが、人の噂《うわさ》で思い当った」
「人の噂? 人がなんと申しました」
 お浜は嚇《かっ》となり、
「あられもない噂を言いがかりに私を逐《お》い出し
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