口の中で念仏を唱《とな》え、
「お爺《じい》さん、わたしが大きくなったらば、きっと仇《かたき》を討ちますからね」
独言《ひとりごと》を言っている間に眼が曇ってくる。寝床の中で一ぷくつけていた主人はそれを見とがめて、
「お松坊、ちょっとここへおいで」
女の子は横を向いて、そっと眼の縁《ふち》を払い、
「はい」
主人の前に跪《かしこ》まると、
「おまえは口癖に敵々《かたきかたき》というが、それはいけないよ、敵討《かたきうち》ということは侍《さむらい》の子のすることで、お前なんぞは念仏をしてお爺さんの後生《ごしょう》を願っておればよいのだ」
「でもおじさん、あんまり口惜《くや》しいもの」
また横を向いて、溢《あふ》るる涙を払います。
「口惜しい口惜しいがお爺さんの後生の障《さわ》りになるといけない。あ、それはそうと、お前を今日はお江戸へつれて行くはずであったが、私は少し怪我《けが》をしてな」
「エッ、怪我を!」
「ナニ、大した事じゃねえ、昨夜《ゆうべ》それ、薪を運ぶとって転《ころ》んで腰を木の根にぶっつけたのだよ、二日もしたら癒《なお》るだろう、江戸行きはもう少し延ばしておくれ」
「
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